前号の「イラク攻撃勃発から10年経過」の続きで、今回は「イラク・フセイン元大統領の足跡と二人の外務省の外交官が殺害された事件」を検証します。人の運命が解ります。
イラク・フセイン元大統領・1937年4月28日生まれ(本命九紫火星丑年・月命三碧木星辰月)
1979年 イラク大統領に就任(三碧木星未年)(独裁体制を築く)
1980年 イラク・イラン戦争(1980年~1989年の戦争)、米ソ冷戦時の中で米国の支援で対イラン戦を有利に進める
1990年 夏に突然クウェートに侵攻する。当時のブッシュ米国大統領(現大統領ブッシュの実父)率いる米国はただちに湾岸周辺地域に兵力を配備する。
1990年8月2日 イラクがクウェートに侵攻する
1990年8月8日 クウェート併合を宣言
1990年11月29日 国連安保決議678条採択する
1991年1月17日 多国籍軍の空爆による湾岸戦争開戦
1991年2月24日 地上戦開始
1991年2月27日 クウェート解放し米国等勝利宣言
1991年4月3日 イラクに大量破壊兵器の廃棄義務付け
イラク・フセイン大統領が就任して以来十二支の一循目(12年後)の「未年」のめぐりの時で九星の運気は盛運年の4年目にあたりフセイン政権そのものは敗北後も生き残ることになります。そして中東地域の安全保障にとっての脅威に成長して行きます。
2003年1月27日 国連査察団が安保理に正式報告「イラクの協力は不十分」
2003年3月19日 イラク攻撃開始(未年)でフセイン政権崩壊
フセイン元大統領にとって「未年」は大きな事象の発生している事が判明します。未と対沖するかたちで丑があります。つまり未年(大歳)の対沖には歳破が廻ります。つまり運気上不利となる要因であり十二支は「体」(状態)の同
期となり、就任時の周期が不利に動いています。
1979年就任・1991年湾岸戦争・2003年崩壊と12年毎の大きな事象です。
また平成15年11月29日にイラクにおいて二人の外務省の外交官が殺害されました。
日本からイラクは北西方位にあたり、平成15年(六白金星未年)は暗剣殺の凶方位にあたります。奥外交官(大使昇格)は昭和33年生れ(本命六白金星戌年生れ)で3月に英国大使館より派遣されたと言います。
英国からイラクは東南方位であり、3月は月盤(四録木星卯月)として暗剣殺が東南方位に廻座しており、11月では奥外交官は年盤の暗剣殺に同会しており、井上書記官(昭和48年生れ・本命九紫火星丑年生れ)は年盤で歳破を持っておりました。
奥外交官は3月に英国よりイラクに入国しました。それが月盤の三碧木星の暗剣殺で、年盤の五黄殺でありまた。3月(卯月)に犯した方災は7月(未月)に11月(亥月)という三合路線に従って顕現します。方位は一定の周期を以って生じて来る訳です。
奥外交官は方災と周期と運気の三つが重なって凶現象が顕現してしまったのであります。子(12月)・丑(1月)・寅(2月)・卯(3月)・辰(4月)・巳(5月)・午(6月)・未(7月)・申(8月)・酉(9月)・戌(10月)・亥(11月)で三合とは(子・辰・申)(丑・巳・酉)(寅・午・戌)(卯・未・亥)の関係を言う。
自衛隊の派遣も平成15年は北西方位で暗剣殺にあたり、一長一短に行かない要因が生じ平成16年の立春(2月4日)の年が変わってからの派遣が方位的には無難となり、もし立春前の自衛隊派遣となれば、小泉内閣の政権の危機に直面することになり、立春以降遅ければ遅いほど良い結果となります。これは方位の要因からであります。
人の運気状況・方位の重要性がご理解頂けたと思います。人生の大きな節目の時(結婚・移転・開店・新築・設立・新規な事柄等)には十分に注意する事です。