国民性を知るには、その国の首都を中心としてどのような国の相(カタチ)をしているかで「国民の資質」を知る事が出来ます。
日本の場合においては、東北より南西に長く弓のように国の相が成り立っています。資質において、東北方位の特長では「勤勉」「保守的」「閉鎖的」等が挙げられます。南西方位は「器用」「真面目」「服従」等が挙げられます。
日本の国にとって今一番の不幸なる状況は「日本の将来」と言う国造りの理論や将来の展望と言う社会を作り上げていく政策の見えない所です。
この将来の指針を示す方位が「南方位」の先見性であります。その南方位の国相はと言うと、小笠原諸島を含め伊豆諸島以外は「海」の状態であります。すなわち国相上は、ほぼ南欠けの相なのです。この南欠けの相がはっきりとした国の将来を示せる政治家の生まれない要因なのです。
この南欠けを補うには北の出身の人がその重責を担う形となりますが、北の出身の人が明治以降の日本の指導者には登場しておりますが、国民の人気で今一息なる状態でありました。
新渡辺稲造(1862年9月1日生まれ・本命三碧戌年・月命八白申月)
盛岡生まれ・五千円札の肖像になるまで知る人は少なかった。「武士道精神」を世界中に認識させた偉大な人物。
原 敬(1856年3月15日生まれ・本命九紫辰年・月命四緑卯月)
盛岡生まれ・初めて本格政党内閣を実現した。普通選挙や社会運動を弾圧し経済の恐慌を招き、駅員に刺殺された悲劇の首相。
後藤新平(1857年7月24日生まれ・本命八白巳年・月命六白未月)
水沢生まれ・関東大震災後の、東京の復興の為の都市計画を指導する。アイデアが溢れるくらいの施策のために民衆から「大風呂敷」とあだなされるくらい先見性のあった人物。
これらの人物は「南方位」の先見性と言う長所を持っていると言う共通点がありました。つまり誕生地において南方位に首都(江戸期は幕府)があり、こうした地が日本の先見性を示す相となり歴史上の人物と成した訳です。
「江戸っ子は夜越しの銭は持たない」とか「江戸っ子は三代身上が続かぬ」とか言う「計画性」「先見性」「見栄っ張り」「ケンカ好き」等は南方位の特長であります。江戸庶民にとっての南方位は東京湾(江戸湾)であり、その南方位の短所が江戸っ子の資質を作り上げていた要因の一つに上げる事が出来ます。
今、日本で政治家・官僚そして国民一人一人に南方位の欠けの作用が強く影響しております。時代の比較的安定期においては機能して来たことが、時代の激変激動の期においては一気に不利要因が現出するものであります。
そうした時代の変動に対応する時に求められる「決断力」「積極性」「前向き」の必要性は東方位の特長です。しかし東京より100キロ先の銚子以東は海であり、なかなか行動出来ぬ国民性の相がそこに示されているのです。