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宿命と立命

2018年5月21日 月曜日

私たちの持って生まれた先天的運命(宿命)は千差万別で、同じ両親から生まれた兄弟姉妹であっても、運命ばかりでなく性格や体質まで、また同じ環境や家庭に育っても違っていることは珍しいことではありません。

先天的運命には個人・家庭・社会・国に区別されていて、これを四大宿命と言います。

人間は考える動物であると言われております。私たちの物事に対する考え方、また思想が後天的な運命でなされる場合もありますが、根底にあるものは祖先から伝承された先天的要素から出発していると言うことは否むことの出来ない事実であります。

あらゆる事態に直面して、自己の非を知り、自覚し、反省し、修養し、洗練されるのは後年の事であり、人によっては自省しまたは制御することが出来ないほど強烈なる感情や資質を晩年期の老年まで持ち続ける人もいます。

私は何故、自分の持っている「生年月日」に生まれなければならなかったのか、生年月日がいかなる性格をそして運命を私に与えるものであろうとその誕生した事そのものは甘受せざるを得ない宿命であるのです。

この生年月日は自身の肉体と一緒に直接は両親から間接的には両親を通じて両系の祖父母そして先祖から、伝承されて来たものであります。

この冷厳なる事実は私たちの両親とその兄弟そして両系の祖父母等や一族の肉親の本命星と同一および同系星と一致する筈です。これは両親および祖先が私たちに遺した因縁であります。この自らでは変えることの出来ない事を先天と言い、宿命と言います。

一般社会で見受けられる事柄に、養子相続の女系一族だったり、男子ばかりの一族等があります。母親と大変似ている人生を送ったりすることもあります。相続も必然と言う因果のめぐりの中にあり、因縁と言う先天的運命に翻されることが生じて来ることになります。

後天的に因縁の浄化を果たすのも人生街道のひとつの事柄であります。後天的に自らの手で運命を開拓し器量の拡大や器量を大きく開花されることを後天的の運命と言います。

運命学の中でこの後天的運命開拓を中心とした学問は「気学」が唯一のものであります。

気学開運学は、人生は宿命にあらずして刻々と変化増長して行くと説き、後天運による努力を言います。宿命論者や運命論者の多くは、人の吉凶・禍福・成功・不成功・長寿等の要因は凡て生まれながらに備わっていると断じております。しかしそれらは天に順じているか、天に逆らっているかで決まって来る訳で、一概には断じる事は出来ないのです。

自然界は「発動する気」を生じております。運命的にある程度決まっている状況でも、この発動する気を会得することで、宿命の改革が出来るのであり、人生に於いて大切なることは向上心や挑戦する心を持って生きることです。常に前へ前へと歩むことです。

9の坂

2016年12月1日 木曜日

ひとりひとりの人生は長い「道」であり、その道のりを、一歩一歩、踏みしめ歩んでゆく足音は、苦しみ、哀しみ、喜び、楽しみ等、いついかなる時でも、さまざまな「しらべ=(音色)」を奏(かな)で続けています。その「しらべ」は、人生すべての「しらべ」と交響し続けております。

長い人生の道のりには様々な事が起こります。神様は上手く人間の生活をつくりました。

人生において良い事(盛運期4年)は4つで、悪い事(衰運期5年)は5つ訪れるのです。すなわち苦労の方が1つ多いのです。だから人間は頑張る事が出来るし、立ちはだかる前の壁を乗り越える努力が出来るのです。

人生と言う長い道のりをどう走るかは人それぞれです。

その道のりには「登り坂」・「下り坂」・そして「まさか」と言う3つの大きな坂があります。

特に気をつける年は厄年に悪い事が起き易いので気を付けましょうと昔から言われてきました。

案外と知られていないのが、19歳・29歳・39歳・49歳・59歳・69歳・79歳・89歳と「9」の付く年は「9(苦)の坂」と言って人生におけるある意味、区切りの年なのです。この「9」の坂を乗り越える人と乗り越える事が出来ない人に分かれます。

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宇多田ヒカルの運命

2014年4月21日 月曜日

宇多田ヒカル(32歳)さんが英ロンドン在住のイタリア人男性(24歳)と5月23日に相手の地元に近い海の見える町で挙式する予定と報道されています。おめでたいお話に水を注すようですが・・・

2013年8月22日に新宿区内でマンションから飛び降り自殺した母親の演歌歌手藤圭子さんの運命と娘の宇多田ヒカルさんの運命は似ています。

デビユーしてスターとなる・活動休止期間・再デビユー時・結婚と離婚等、母親と娘が同じような人生を歩む母娘であります。

藤圭子(1951年7月5日生まれ・本命四緑木星卯年・月命四緑木星午月)

1969年(18歳・四緑木星酉年・中宮位廻座)
デビユー。新規な事柄を起こす年ではない。

1971年(20歳・二黒土星亥年・衰運期2年目)
前川清氏(七赤金星子年生まれ)と結婚。結婚に取って良くない年でした。相性関係は悪い。

1972年(21歳・一白水星子年・衰運期3年目)
前川清氏と離婚。

1979年(28歳・三碧木星未年・衰運期1年目)
引退でアメリカへ。アメリカは東北方位で歳破殺・凶方位。

1982年(31歳・九紫火星戌年・衰運期4年目)
宇多田照實氏(七赤金星子年生まれ)と結婚。結婚の年としては 良くない年でした。相性関係は悪い。 

1983年(31歳・九紫火星戌年・衰運期4年目)
1月19日(前年の星です)。宇多田ヒカル出産、そして結婚・離婚(戸籍上はなし)が多数繰り返された。

2007年(56歳・二黒土星亥年・衰運期2年目)
宇多田照實氏と離婚 

2013年(62歳・五黄土星巳年・盛運期3年目)
新宿区内で自殺。9年に一度の最高の年の悲劇で逆運の運命となる。

宇多田ヒカル(1983年1月19日生まれ・本命九紫火星戌年・月命三碧木星丑月)

1998年(16歳・二黒土星寅年・盛運期2年目)
デビュー 

2002年(20歳・七赤金星午年・衰運期2年目)
紀里谷和明氏(1968年4月20日生まれ・五黄土星申年)と結婚。結婚の年ては良くない年でした。

2007年(25歳・二黒土星亥年・盛運期2年目)
紀里谷和明氏と離婚。

2010年(28歳・八白土星寅年・衰運期1年目)
アーティスト活動を無期限休止することを発表した。

2012年(30歳・六白金星辰年・衰運期3年目)
活動開始

2014年(32歳・四録木星午年・衰運期5年目・女の大厄年)   
イタリア人と結婚予定。女の大厄年の結婚で最悪です。この年に子供が生まれたら厄子となる。宇多田さんは九紫火星で相手は一白水星で相性関係は「水と火の関係」で最悪の相性関係です。

人生三大命とは宿命(与えられた命質で先天運を言います)・運命(めぐり盛衰の命運で後天運と称します)・立命(自ら律し磨く命魂であり修身と重なります)により定まる

命質は先天の質(器量)を知り、運(めぐり)で開花し、魂で永続を果たすことにあります。生まれて来た宿命は変える事が出来ませんが、運命は自分の力で変える事が出来るのです。しかし多くの人たちは命式に近い形で流されて行きます。

運命学の基礎的分野は、先祖そして親・自分へと受け継がれて来た命の継続を次の子孫へ「良き因果律」として受け継がれるようにと言う分野です。その為には「己れを知る」ということから出発します。己を知りそして長所を伸ばし短所を是正していく分野です。

案外と自分の事が解っているようで解っていないものなのです。ある意味では人間の人生とは「自分自身を知る為に生きる」のかも知れません。そして廻って来る運気(盛運期・衰運期)や相性関係を上手に使って己の人生を歩むのです。

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気学で見る人生の機微変転NO2

2013年10月11日 金曜日

初年期時代(1歳から21歳まで・数え年)は月命中心で判断します。

1歳は男女共に情緒・感情・知恵の発達があり母親とのコミユニケーションの大切な時期。母親との接触による意思表示が求められる。

2歳は行動表現の欲求の強い時期であり、智・情・意の一番の発育期となる。

3歳は子供社会への第一歩となり、欲求と行動範囲も広がり活動期となるので「けじめ」の教育の中心となる(第一期脱皮の頃)

4歳は好奇心が旺盛となり、物事の一貫性と関連づけの訓練と想像力を養う努力を考える時。

5歳は情緒不安定、性格の基本形体の完成、思考力の急成長、自我の発生。

6歳は集団生活の参加、自己顕示欲も生まれてくる。協調性を持たせる時期でもあり、独立心の養成、自立の芽生え(第二期脱皮の頃)そして第一反抗期を迎える頃で成長が加速する。

7歳は感性の発達を見る。自信になるものへの確立、性格的なる変化も生じる。(小学校入学)

8歳は才能の芽生えのある時期で、反抗期要因も態度で発生する。また大人への関心が強く出始める時期でもある。

9歳は活動期に元気旺盛期で性格や気質もはっきりと表面化してくる。長所や短所も自覚できて来る時期。(第三期脱皮の頃)

10歳は男女の差の自覚が生じて来る。総合的に学ぶ努力を心掛け、教科のバランスを努力する時。

11歳は親からの自立が生じて友人との交流が主体となって来る。友人の姿を見て我が子の日常を図り見る事も求められる。

12歳は悪友や遊びに誘惑されやすい時期です。勉強重視の生活を計画することであり、友人の状態レベルに注意を向ける時期。(第四期脱皮の頃)

13歳は自己顕示と大人への対抗意識が生じて来る。友人との交流も活発。自意識も強く生じる。大人への関心もより強い。(中学へ入学)

14歳は全般に停滞の生じる時期であり、勉強・運動共に伸び悩みのある時期です。この年の一年間は、将来に対する岐路でもあり人生の方向の基礎が固まる。この時期に勉強の補強が求められる修正時期。

15歳は異性への関心が強く出て来る。反抗期に入る。無気力にも陥る。やり抜く姿勢と根気の大切な時。(第五期脱皮の頃)

16歳は男女ともに一個人の大人への出発点となり、良しも悪しきも大人の感化を最大限に受ける時期。早熟な人は才能を発揮する。(高校へ入学)

17歳は将来に対する生き様への模索や希望の強くなる時期。男女共に失恋の挫折も味わう時で、思春期の過ちも多い時期。

18歳は人生の第一の難所である変化のある時期で、独立や自立を考えて失敗することもあり、将来への希望を求めて根気強く頑張る時。人生の方向性を掲げて努力する時(第六期脱皮の頃)

19歳は大人へのステップの時であり、背伸びしたい時期。人によっては停滞感を味わい方向転換することもある。不安定さの生じる時期。(大学へ入学または社会人へ)

20歳は将来への展望の定まる状態で人との出会いの活発なる時期で、友人から結婚に至る出会いもあり、大人への脱皮の準備期。

21歳は成人式を迎え社会的にも大人となる時であり、深く充実を図る時期で、人によっては分岐。岐路でもある。この時期を無意味に過ごすか、有意義に過ごすかで後々の人生に差が出て来る時期(第七期脱皮の頃)

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長嶋・松井氏が国民栄誉賞を受賞

2013年5月11日 土曜日

2013年5月5日(長嶋氏の背番号3は2013年の3で、5月5日は松井氏の背番号55です)の子供の日に、東京ドームで長嶋・松井氏の両氏(師弟関係)が国民栄誉賞を受賞いたしました。多くの方がこの受賞式をご覧になったと思います。涙と感動の嬉しい日となりました。

今年の2月25日に大相撲で受賞した故横綱大鵬氏(本名・納屋幸喜・21組目)に次ぐ受賞です。

長嶋茂雄氏(昭和11年2月20日生まれ・本命一白水星子年生まれ)
松井秀喜氏(昭和49年6月12日生まれ・本命八白土星寅年生まれ)

松井氏は入団から長嶋氏の直接の指導を受け、日本球界(読売ジャイアンツ)で10年そしてアメリカ大リーグで10年と合計20年間に亘りプロ野球で多くのファンに愛され今年現役を引退致しました。

今回は特に長嶋氏についての足跡を見て行きます。
長嶋氏は昭和33年(六白金星戌年)立教大学から巨人軍に入団します。そして昭和49年(八白土星寅年)に現役を引退します。現役を引退した年に松井氏は誕生しています。

長嶋氏の現役時代の成績はMVP5回・首位打者6回・本塁打王2回・打点王5回、全シーズンとも三塁手でベストナインに選ばれ、通算成績は打率3割5厘・444本塁打・2471安打・1522打点でありました。まさに国民の大スターでした。

現役時代の軌道跡は十二支の三合の年(子―辰―申)に節目があり、水原監督・川上監督の中心打者であり、特に川上監督(本命八白土星申年生まれ)の日本一V9の立役者であります。

そして昭和50年(七赤金星卯年)より巨人軍監督に就任します。監督就任の昭和50年の長島監督の運気は東北方位廻座の衰運年3年目の流れにあり、1年目のこの年は最下位というありさまでした。そして昭和56年(一白水星酉年)に退団するに至り、この間にリーグ優勝2回(昭和51年六白金星辰年と昭和52年五黄土星巳年)しました。

そして12年間の充電期間を経て平成5年(七赤金星酉年)に監督に復帰します。そして翌年平成6年(六白金星戌年)にリーグ優勝し念願の日本一になります。

しかし優勝のこの年の8月に母親が他界している点に運命要因の機微とめぐり合わせがあり、現役時代の運気は父親の「惜福」の継続があり、(長嶋監督の父は学生時代に他界)日本一になった年は母親の運気の「補充」があった要因です。

現役時代も復帰後の監督の運気の「軌道」が共に十二支の三合の年回りの時期にあたり最初に監督になった時と復帰した時も同じ七赤金星の年で、長嶋監督としては決して最善の結果が残せたとは言い切れない訳で、それだけ「一度大輪を咲かせた花」を二度咲かす事は、運命学上は不可能に近いのですが、日本一の年には母親と落合選手が運気の「負」を担ってくれて「勝運」に乗れて日本一になりました。この判断は運命の持つ不思議な要因であります。

オリンピックの金メダル獲得者の中の多くに身近な人の他界があります。またプロ野球界では巨人長嶋終身名誉監督・ソフトバンク王名誉監督・楽天星野監督・横浜中畑監督も奥さんが若くして亡くなっております。そして思い入れがあり、願望を達成する事が出来て行く訳です。

人の運命の気質には「勝ち運」と「負の運」があり、その影響下に人の願望成就があります。長嶋氏が現役時代活躍出来た運の活力は父親が早く他界し、その父親が功をなして行ったであろう「惜福」と母親の「思い入れ」があり、大きく開花して行ったのであり、特に一白水星という「一滴の山の枝葉の露でさえやがて大海に出ずる」という試練と苦難を乗り越えて大成して行く資質が開花大輪となり功なりました。

しかし人生には上がり坂・下り坂そして「ま坂」という坂があると言います。その「ま坂」が平成16年(五黄土星申年)に長嶋監督は脳梗塞で倒れたのです。やはり厄年の運気と凶方位に行動した事に一因があります。

プロ野球のキャンプインを迎えて、沖縄に4日以上長期視察がありました。プロ野球の球団の多くは、沖縄を中心として宮崎・鹿児島・高知であり、東京よりすべて坤方位(南西方位)にあたります。

この坤方位は2月には八白土星の暗剣殺が廻座しております。「威勢盛んに神たたり無し」と言うくらいに称して、運気の盛んなる時には多少の方位の凶方を犯しても余り気付かずに過ごしてしまいますが、運気が一端衰運に転じますと、方位作用による現象の凶顕現を見ることになります。

長嶋監督の病気発生は3月4日(2月度)であります。3月5日の月変わりの前日であります。これが3月5日(3月度)の月が変わってからの病気発生であれば病気も強く生じて死に至る要因でありましたが、一日早く病気発生が、不幸中の幸いであった要因です。2月の運気が多忙の流れの中にあり、3月が運気五黄殺同会ですので2月要因で発生した事が大難を少難にした一因です。

王監督(当時のダイエー)が日本一になった平成11年(一白水星巳年)は、王監督(六白金星辰年生まれ)は厄年であり暗剣殺を持って運気最衰運にかかわらず日本一になれたのは「霊的」要因であり、根本陸夫球団社長(西武球団からダイエー球団へと移りましたが影の優勝請負人という人)の死去があります。その根本社長が霊的な後見となり惜福が開花したともいうべき日本一であり、影の功労者でありました。

人の願望成就への努力開花にはこうした「めぐり合わせ」という波動もあることを知ることも大切であり、開花結実には多くのこうした要因が重なり合って成果となって実現していくものです。

気学という教示は生き方や考え方の手段論であり方法論であります。

長嶋氏には健康に注意して頂き、これからも国民に勇気と夢を与えって頂きたいです。松井氏は今後の指導者として活躍して頂きたいです。長嶋さん・松井さん「心からおめでとう」ございます。

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運命について

2012年11月21日 水曜日

人生三大命とは宿命(与えられた命質で先天運を言います)・運命(めぐり盛衰の命運で後天運と称します)・立命(自ら律し磨く命魂であり修身と重なります)により定まる。

命質は先天の質(器量)を知り、運(めぐり)で開花し、魂で永続を果たすことにあります。

今回は運命についてです。「運命」すなわちこの分野には推命学・傾斜法・同会法等が含まれます。

運命学の基礎的分野は、先祖そして親・自分へと受け継がれて来た命の継続を次の子孫へ「良き因果律」として受け継がれるようにと言う分野です。その為には「己れを知る」ということから出発します。己を知りそして長所を伸ばし短所を是正していく分野です。案外と自分の事が解っているようで解っていないものなのです。ある意味では人間の人生とは「自分自身を知る為に生きる」のかも知れません。

運命を宿命論的に学ぶのではなく、天から与えられたその人その人の天分を悟り、「力一杯」人生街道を乗り切る為の分野であり命を与えられた通りに流されていくのではなく、自然の法則という羅針盤に則り改革していくのであります。

しかし多くの人たちは命式に近い形で流されていますので、推命学や傾斜法による性格的要素が顕現しております。本来はこういったことを本人が自覚して改革を心掛けることなのですが、こういう現代のように複雑多岐化した社会においては、この分野の要素を逆に人事管理および対人関係への目安として活用することが可能です。

推命学のなかには、気学推命学・四柱推命学・西洋占星術等ありますが、これら推命学は個人単位の判断であり、運命としての縦のつながりはある程度判断できるのですが、横のつながりや背景は掴み切れない面があります。この分野はあくまで「己を知る」という為の分野であります。

一般に気学を知る人たちは性格判断や運命判断を本命星で考える場合が多くまたそう学びましたが、これに於いては実際それらを掴めないのであります。本命星は営業面における運勢の開運面等に用い月命星を主体として性格判断や運命判断を行わないと、実際の判断と理論上において差が起るのであります。そういった点から新しい方法として気学傾斜法が性格判断の上で生れたのであります。

一例としての大別した分類として示します。(月命星判断)

男(月命星)二黒土星・五黄土星・八白土星の人   
行動型であるが多少神経質な面があり独断型の人。

女(月命星) 二黒土星・五黄土星・八白土星の人 
行動型であるが家庭的に恵まれず職業婦人が多い。

男 (月命星) 一白水星・四緑木星・七赤金星の人  
家庭型で仕事を多少犠牲にしても家庭中心の人多い。

女(月命星) 一白水星・四緑木星・七赤金星の人  
家庭型で苦労性であり、人の受けが良い人多い。

男(月命星) 三碧木星・六白金星・九紫火星の人  
頭脳型で気が弱い面があり、多少見栄を張りたがる。

女 (月命星) 三碧木星・六白金星・九紫火星の人  
頭脳型であり要領が良い、手先の器用な人多い。

これは月命星だけで判断したものでありますが、運命的要素は月命星面に強く現れています。またそれに伴う健康面も月命星面によって判断するのであります。本命星は営業および開運および職業それに移転等の時に用いるのが実際に即した方法であると考えます。

運命的に二十歳になったからといって急に本命星に変化する等ということは絶対ありませんし、本命星・月命星は一生涯ついて廻ります。ただその用いる判断のうえで本命星を中心とするか月命星を中心と見るかという違いが出るので充分注意して下さい。

気学の場合ひとつの定義があり、その定義を「実証」の積み重ねで裏付けていくことが多く、その時の判断に則した方法というものを用いることが多いのです。運命の基本は「己の命運を知る」ということにあり、だから命運通りにその人が人生を送ることが可能かどうかは先祖から、脈々と続いている因果律の吉凶状態もあります。

同じ命式を持って生れても皆この因果律は異なります。たとえ双子で生れても兄になるか弟になるかで吉凶が分かれます。同じ本命一白水星で生れても長男であるか次男であるかによっても違います。

それによって他の兄弟・親そして子孫にまで影響の顕現することがあります。ですから一番大切な事は「己の命運を知り」そして自己改革を成すことであります。いくら己の命運を知っても改革する意思がないのであれば苦労努力して知る必要もないし、因果律の中でただ流されて行くのみです。それも一人の人生です。私は最後に「悔い」が残らず「念」も残さず人生を全うすることが最上であると考えています。

その為の手助けとして教えが役立ってもらえたら嬉しいです。人間としての一番不幸は現世に「悔い」や「念」を残すことです。それがやがて子孫に「悪しきめぐり」を顕現してしまうからです。子孫に「良きめぐり」を顕現しその為には現世に「悔い」や「念」を残さぬことです。どんな方法でも人に対しての忠恕心(思いやりの心)を持ち、現世における役目を無事に果たし「旅立つ」ことが人間の最上の道と考えます。その為には「己を知る」ことからまた「確立する」ことから始めるのです。

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有限なるもの無限なるもの

2011年11月22日 火曜日

運命学で言う所の成功とは、物資(形あるもの)を以って成功とは言えません。心の豊かさ、次代への繁栄と言う面をも成功しなくてはなりません。

文明の最も栄えた国アメリカは大きな心の荒廃に悩み苦しんでおります。やがて日本もと言う不安がやって来ております。

ただ国のやっている事だからと言っても誰が国を構成しているかと言えば私たち一人一人が作り上げているのであります。

「天は二物を与えず」と言って二つ同時に恵まれた状況をなかなか与えてくれません。一方が日本一を得れば(物質名誉)一方に日本一の損失(唯心的)が来て均衡が保たれることになり、これが自然の理です。

日本一仲の良い夫婦には子宝がなく、財産が無ければ子宝が多く与えられる等と言ったようなものです。

東京と言う繁栄された街から心の部分(人間の交流)が無くなると、自然と物の繁栄は盛んになると言うことです。人との交流や付き合いを少なくすれば財は貯まります。交流や付き合いを多く盛んにすれば財は残りません。

文学の世界でも戦乱期や変動期に素晴らしい文学が誕生しておりますが、時代の安定期や平穏期には風俗的なもの、私的要素のもの等が生れております。また人物にしても時代の激動期にはそれなりに歴史が人物を産み出しております。

運命を見る場合の尺度として、先祖から与えられた因縁としての役割を果たしているかどうか(自然界より生を与えられた本分を果たし実行しているか)と言った要因が長期なるものや永続を考える場合に、大事なことであります。

その一族が有限なるものに固執して、役割(先祖祭祀)を果せなければ、次世代に因縁として残って行くのです。有限なる物質に恵まれ功を成しても、無限への因(報恩と感謝の実践)が果されなければ、一代に至らぬまでも同じ過ちを繰り返し永続は不可能です。事業の発展や繁栄を願うのであれば、先祖への報恩感謝からの出発です。

今の世の中の価値判断はこうした有限なるものへの投資であり、土地高騰にしても家族の単核化のあり方にしても皆有限への投資であり何年か後に滅びることになります。

丁度、オランダが世界を制して今の日本の国の様な時期があり、約200年に亘り世界中を駆け巡り財産を(今の日本の様に有限なるものに投資行動した)手に入れました。しかし200年後に衰退しました。

今は昔と違って時代の流れのサイクルが早くなっております。日本は長くても今の状態でこうした投資の誤りを続ければ50年後から70年後には衰退する事になります。有限なるものは永続が果せず無限なるものは永続が果せます。

人間の幸とは先祖・親・自分・子・子孫繁栄という流れの因果論の中で役割や責任を果して行く事です。

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良縁と悪縁

2011年8月20日 土曜日

運は良縁によって得られ、良縁は立命によって得られ、立命は己の忍耐により生じ、忍耐は日々の実践努力の積み重ねの中にあり、日々実践の成果は自然界の祐気を得ることにあります。

自然界の祐気は天理天道の法則に従うことにより得られるものなり、天理天道の法則とは宇宙の真理・自然の妙法・天地の大道を学ぶことにあります。

人生には「運命」と言う「めぐり」と言う出会いがあります。ひとつひとつの出会いを深く掘り下げて考えて行きますと多くの場合「縁」に連なって来ていることに気が付くのです。

縁には「良縁」と「悪縁」があります。良縁はいかにして生まれるかと言う事を考えますと、すべて先祖の中にその因があり、また逆に「悪縁」もすべて先祖の中にその因のあることを知らされるものであります。

見掛けだけの幸福感、見掛けだけの満足感に一喜一憂している人生ならばそれもひとつの生き方でありますが、運命学を研究しておりますと一家一族に於いてひとつの傾向のあることに気が付くのであります。

「出会い」「めぐり合い」は自分の縁によって生じたのか、相手の縁によって生じたのかによって吉凶に差の生じる面があるのです。

自己の意思によって行動しているつもりがその結果に於いて先祖の悪縁を受けていたり、良い縁が先祖の「思い入れ」の努力によって自分の代で開花したりすることがあり、多くの出来事により生じることを知らされるのであります。

反省心なく、人の良い話を聞き入れることなく、ただ自分の思うように生きて来た人生の中にも先祖の土壌のあることを知る事であります。

一族全体が同じ現象に悩まされたりして行く家系因縁的なもの、自分自身の通って来た人生を子供が同じ道を歩む、自己因縁的なもの等に分かれて来ますが、そうした見極めによってその人の運命が左右されて来ると言うことであります。

人生三大宿命と言うものがあり、「出生・結婚・寿命」は生命誕生と同時に定まって来るものです。

大きな流れから言えば民族的なる起縁によって左右される運命もあれば、時代の流れに起縁する運命もあります。今の日本はそうした流れの中で自己の修練実践努力によって開花出来る素地が広いと言うことであります。

そうした自分の意思によって開花出来る時代であるからこそ「因縁浄化」のチャンスの出来る時代であり、目先の幸福感や満足感を求めるのではなく次代の為に少しでも良い因縁造りを果たすべく努力して頂きたいと思います。

よく兄弟姉妹そろって同じような苦労や似たような運命を辿る例があります。それは家系因縁的要因が強いのですが、自己の日常の生活の中でそうした面を少しでも是正して行く努力は大切であり、悪縁に打ち勝つには徳善による実行が重要であり、自分の感情や「我(が)」を張って生きる生き方では悪縁からは脱する事が出来ません。

自己満足の信心信仰に於いても悪縁は断ち切れないのであり、理法道と言う実践努力が良縁への道筋と知ることです。

常にお薦めしております「祐気とり」の実践行動がいかに重要で大切なものであるかは実践されている人だけが実感されるものです。

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運命は性格の中にある

2011年6月21日 火曜日

運命は「性格の中にある」と言ったのは芥川龍之介でありますが、日々の中で心のもたらす性格は、時の経過に従い運命を大きく変える素因となります。

感謝の心で過ごす生き方と、当然とか権利とかを主張して常に不平不満の心で過ごす生き方とでは運命に多大な開きが生じます。

対人関係の中で時として誤解や考え方の違いの人から、いやみの言葉や皮肉な言動に不快感を覚える事がありますが、考えて見ればそう言う性格の人と人生を共にしている人がいる訳で、腹が立つよりも同情してしまう事があります。性格の悪さや運気・運勢の悪い人との付き合いは自分も悪い方へ導かれる事が多々あります。

人の運命と言う中に立命と言う分野があり、それは常に自分自身を「律する」生き方で、自分自身の性格を磨き上げる分野であります。

その基本概念は「忍耐と辛抱は人生の最大の味方なり」と言う精神で、四悪徳(克・伐・怨・欲)を捨てることにあります。

「克」とは人に勝ちたがる心であり譲る心の欠ける人

「伐」とは自慢したがる心であり謙虚さの欠ける人

「怨」とは怒り恨む心であり感謝心と反省の欠ける人

「欲」とはむさぼり欲しがる心で限度と節度に欠ける人

こうした要因の強弱が人格(性格)を形成して行くのであります。

次の時代を担う人達には運命と言う事を宿命的(人生は決定している)と言うことではなく、少しでも前向きな立命的(日々心を磨いて行く事)な努力で運命を切り開いて行くよう心する事を願います。謙虚さと感謝と反省する心が、大きく開花し永続を果たす必須条件である事を心して下さい。

団塊世代の定年退職が終わり多くの人達が第二の人生に入っています。誰もが直面する「老い」と言う問題がより大きくクローズアップされて来ております。

年齢は心のあり様(若さや青春)から生じると言います。まさに心は性格を産み出す基であり、その心は気力からの出発であります。やる気を起こす事や行動を起こす事、その為には希望や目的や使命を持つ事であります。

「あなたは今、幸せですか?」と問われた時にこうした希望や目的や使命を持って生きているとしたら、これに勝るものは他にありません。ましてその生き様が人に感動を与え、生きる事の躍動感を与えるとしたら人生の大きな宝を持っている事になります。

豊かさとは自ら得て行くものではなく人に与えて行くものであり、与えて行く中に愛があり、愛があればそこに尊厳も生じて来るのであります。

今の時代が希望ある時代になる為には「人に何かを与える」生き方が大切です。それは物資中心を与えるのではなく精神的なるもの、心の込められたものが大きな比重となる時代へと進むように思います。

今の時代はその過度期にあります。明治・大正・昭和と文明の進化は物の豊かさにありと言った一方的な発展でした。人は自然界から奪うことのみを行い調和や共存と言う道を捨てて来ました。

自然の法則は恩恵もあれば恐怖もあり厳しい摂理もあります。文明に甘えれば人間性は失われて行きます。常にバランスが必要なのです。平成と言う時代が心豊かな時代である事を切望します。

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情・知・意の三才観

2011年4月22日 金曜日

運命学では人の人生を「情・知・意」と言う三才観で判断を行います。

「情」とは感情・情熱・情緒等と言ったその人の心の情実を判断します。

「知」とは知識・知恵・知育等と言ったその人の心の知性を判断します。

「意」とは意志・意欲・意気等と言ったその人の心の活力を判断します。

手相・人相・相学において常に判断の基準はこの情・知・意を見極めることにあります。その情・知・意の三才観は「時代を読む」と言う判断にも用いることもあります。

日本の歴史において平安時代は「情」と言う心の情実が強く咲いた時代で、心の機微・きめ細やかな感情による文化が高揚した時代の背景がありました。

江戸時代は「知」と言う心の知性・品性と言った道徳・哲学が強く求められた時代があり、心を律する心・知育による文化の構築が時代の背景にありました。こうした「情」・「知」と言う歴史の蓄積の中で21世紀を迎えました。

ここで求められるのが「意」と言う要因であります。

世界の中で稀に見る「情の文化・知の文化」の心の内面の充実した民族としての歴史(日本人)と蓄積があります。この文化は世界に誇れる文化です。「情・知の文化」も「意」の行動力が伴って成立して来るのです。

グローバル化して行く世界、価値観の多様性・弱肉強食の格差社会、こうした激変して行く中で、しっかりとした意志が求められる訳です。

激動して行く社会とは、足元の基盤が揺らいでいる状態であり、安定した社会では足元の基盤が固定しているので、知識や経験や肩書きと言ったものが生きる上での武器になりますが、基盤の不安定な激動社会においては、しっかりとした将来像と言う目的意識を持ち、それを実現させるには、今何を努力し行動して行けばよいかの意志が問われる訳です。

一時代前には人生の経過の長期計画がある程度出来ましたが、変革する社会では不安定で長期計画は出来ません。臨機応変さが求められる訳であり将来像と言う目標を掲げ、それを貫く意志の有無と修練が人生を決定付ける時代です。

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