心の豊かさを求めて

2009年8月11日 火曜日

お盆休みの期間に入りました。今回はこの期間に改めてゆっくりと自分と向き合って「気付く心」について考えて頂ければ嬉しいです。

時代は進み人間の生活も格段に発展して来ておりますが、心の部分での人間の発展は何か袋小路に入り込んでしまったような状態となって来ております。

哲学が喪失してしまった時代であり、生活の向上発展以上に、心の豊かさとも言うべき事が少しも向上発展しない時代と言えます。

「心の豊かさとは」と問われた時、「気付く心持つ」と答えます。佛教では「悟り」と言いますが、一つの事柄に対して多くの人々の思いや努力があり、その裏に気付く事だと思います。

人生において前半の時代は努力して基盤を堅実に築き(きずき)あげて行きます。人生の後半の時代は、ある程度経験を至って来たことにより自省・反省の中にふっと気付く(きづく)ことがあります。

言葉には「言霊(ことだま)」と言って、言葉には「神宿る」の教えがあり、「きずき」と「きづき」には人間として成長発展の意気が込められている反面、過ぎて来た人生の足跡も含まれるのです。

自分の人生を築き「往く道を築き」そして、今日まで歩んできた人生の自省・反省による「来た道に気付く」そこに精神があり、理念があり、趣旨があります。

仕事や生活の中の事象・事柄等々の状況下で、常に些細なことであっても、先ずは気付く努力を心掛けることが大切です。情報化社会の中で情報が溢れてついつい大きな事柄や事象に目を奪われ勝ちになり、大きな事柄のみに対応が追われ勝ちに成り易いと言います。しかし大事とは小事の積み重ねの成果にあることを知る必要があります。

情報が溢れその情報は正邪良否の多岐多様に亘り判断の難しさがあります。そして大きな社会事件に発展し、問題化される状況のきっかけの始まりに、小さな事柄や小さい事象からの始動があります。

その事後から考えれば、「何でそんなに些細な事が、あるいは簡単と思われる要因が出来なかったのか」と思われ勝ちでありますが、物事の崩壊現象や大きな問題の予兆としてのきっかけは小さい事柄や小さい事象の見落としにあることは、過去の不詳問題や事件に多く実証されております。

時代は複雑多岐化して捉え難い状況にありますが、どんな時代が到来しても「心理はひとつ」であります。物が溢れて生活が豊になっても心の機微は変わらずに、物事は一つ一つの積み重ねの上に成り立っているのであり、途中の経過を機械やロボットや機器が介在して利便性を高めているだけであり、人間本来の気付くと言う思考が失われれば社会崩壊に至る要因となります。

仕事や生活の中で小さい積み重ねの努力は、根気や忍耐の求められる要因であります。そして何よりも大切なことは、人の気付かぬ事に気付き実行する心は貴重な財産です。

人生の行く道を築くのも、人生の来た道に気付くのも共に「き」が根元であります。人生をより豊かに築く導きであり、歩んで来た人生に気付くという自省が繁栄の礎であることを含むからです。

今あることのみをただの現象面・偶然と考えるのではなく、その裏を考えれば必然性のある事に気付く筈です。物資に溺れると思考が停滞し快楽に走ります。時代の流れに合わせようとすると自己を見失います。そうした状態が今の日本の中に蔓延しつつあります。

自由経済の競争した社会から貧富の差が拡大していると言います。しかし何ら恐れる事はありません。自分の生き方・方向性(目的観)を持って歩む時代です。豊かさは物や金銭意外にも得る事は出来るのですから。

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