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気学で見るこの9年間の日本の政治 NO3

2009年9月10日 木曜日

小泉政権が誕生し平成18年には満5年目に入りました。

小泉首相(昭和17年1月生まれの五黄土星の人)改革の盛運期4年間が終わり、平成18年から衰運期の5年間が始まります。

平成17年11月の耐震偽装問題・小泉チルドレンの議員の公職選挙法違反による議員辞職・ライブドアの証券取引法違反事件と首相の衰運期に突入し始める状況の中で、逆風が吹き出して来たと言う事です。

小泉首相の改革も平成18年の9月の自民党総裁選挙で上手に受け継がれなければ、5年以上に亘る国民の期待と忍耐強く辛抱して来た国民の信頼を失うことになります。

自由民主党は確かに派閥は壊されました。しかしそれ以上に日本と言う国が、小泉政権で壊されたことには余り表面に出ない状況でありますが、国と言う尊厳が失われた事を国民は理解できずにおります。

それは明治維新の日米貿易通商条約と同様に、戦後60年、今の憲法を含めて近年金融政策・郵政改革・医療制度・司法改革等すべて米国から日本に対しての「年次改革要望書」通りに政治が動いていると言います。

米国の市場開放要求を事案として宮沢内閣以後、履行されている状況で米国51番目の州と言っても過言でない動向で推移しています。

バブル崩壊による不良債権は約250兆円から300兆円ありましたが、政府からの助成金が約100兆円そしてゼロ金利政策により10年間で累積154兆円です(本来は国民が利息として受け取れる金利)。合計254兆円、すなわち不良債権が相殺されたのです。

そして銀行は国民に還元しない利息の金で国債を買い続けてその保有は約100兆円です。小泉内閣は改革と言う名の元で国民に負担を強いてまたゼロ金利で耐える事を行い、銀行の預金を株式投資に移す政策を断行しております。

健全なる「実体経済」即ち企業を育てて株価が上昇し、配当によって利益を得ると言う本業の姿から、投資と言うより「投機屋(ギャンブラー)」と言う人たちを市場開放・規制緩和と称し実体のない虚構の企業を誕生させた要因が小泉政権の政策の裏側に存在していたのであります。

勤勉で働く事に美徳を持ち、真面目であった国民性が失われ、米国から示される年次改革要望書を時代のさきがけの様に振る舞い、政策に示される案がすべて米国からの提示による案であったと言う政治の無策が、政治の根幹にあったと言うことは「改革」と言う名の元に日本の国民に、自案のように粉飾している政府全体の責任は重い要因です。

企業においてもカネボウ・コクド西武鉄道・ライブドア等の粉飾決算、政治家の米国提案を丸飲みし、いかにも国民の為と改革を行っている小泉政権があり、企業・政界・国民等の粉飾まみれになっている今の日本の姿があります。

その何よりの根幹は国民の「拝金主義」による思考が根底にあることです。

戦後の日本社会および国民は「自立する」と言う要因を放棄して来ました。自立と言う自分自身で考え行動し責任をしっかり持つことを行わずに60年過ごして来たということです。

国会での耐震偽装問題の証人喚問においても責任転換の答弁ばかりで、しっかり責任を自覚していない状況です。企業は粉飾し、業者は偽装し、政治家は米国案に追随している現状が露呈している訳です。これら60年間の中で、自立と言う生存に係わる根幹を政治は国家安全を米国に依存し、企業は護送船団で官僚主導の元で成長して来たと言うことであります。

そして国民は物の豊かさに満足し、拝金主義を第一として考えるようになり、小泉首相は政治を劇場として演出する状況を「改革」をテーマに作り出した現状があります。昨年暮から年頭に発生している事柄は小泉内閣の5年間近くの政策の影の部分が、首相の運気衰運と同時に発生しています。

気学における下元期の状況が作り出す周期の下克上・実力主義・弱肉強食・感性が主体となる時代等々が続く情勢があります。自立が下元期の課せられた状況であり、自立には自己責任・自己管理・自己防衛が求められます。

耐震偽装問題も、住民の多くがこうした下元期要因を考えず、ただ利便性のみを追求した結果購入し被害を受けた訳です。日本が地震大国であることは誰もが自覚しています。そこに「なぜ」と言う自立するための疑問を選択の項目に入れないのかと言うことです。

関東大震災から85年・阪神・淡路大震災から14年、近くは中越地震があり、常に地震国であると言う考えがあれば、この価格で、この広さで、この利便性でと言う物件に対する購入の魅力の中に、なぜ安いのか・安全に対する思考が働く筈です。

それと不安定・混乱要因の状況の中で、また終身雇用の崩壊した状況で、ローンと言う借金を30数年に亘り返済する事を行う事に対しての時代の認識の甘さがあります。付けの反動が来る事は目に見えて判明します。

理念なき民族はただただ迷い生きているだけの民族です。日本民族は違います。

千数百年と言う歴史・文化・伝統ある尊厳ある国家であります。自然界と共存共栄して継承されてきた国家であります。戦後60数年、今の憲法があったから戦争が発生しなかったのではなく、もともと日本は「和」の国でありました。つまり民族の中に弱肉強食を回避する手段として和を求める民族でありました。

国・社会・地域・一族・家の崩壊がありました。今、発生している状況は日本が再生し「自立」しなければならない陣痛の過渡期なのだと信じる一念であります。次回に続く。

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気学で見るこの9年間の日本の政治 NO2

2009年9月5日 土曜日

第三次小泉改造内閣が平成17年(四緑木星酉年)10月31日夜に発足しました。

改革の総仕上げの内閣と称し、そして次世代のリーダーの行方は。平成18年9月までの任期を言明している首相、そしてポスト小泉へうまくバトンタッチが出来るか。強引な手法で解散し歴史的圧勝を果たした後だけに行方が気に掛かります。

「十年一昔」と称し、盛運期年4年、衰運期年5年、それが一循環するのが9年という歳月です。

小泉政権が誕生し4年半と言う歳月の経過があります。丁度、小泉政権と小泉首相の盛運期年の状態が重なり、政策においても改革においても良策の年の廻りがありました。しかし運気も平成17年の選挙の大勝利で自然界の御加護から減退する状況であります。

大成を行う時に表面に立つ立場(勝ち運)とそれを支えて行く立場(負を担う運)があります。一家にとって夫が社会で活躍するには(勝ち運)陰で支えてくれる(負を担う運)妻がいなければ、活躍は半減します。夫婦共稼ぎが行なわれれば、負を背負うのは子供です。

小泉首相が長続き政権を堅持し、揺るぎない人気(勝ち運)を得て来た状況の陰で、負を担っている実姉と実弟の存在は余り報道されておりませんが、しっかりと支えられております。

平成17年の第三次改造内閣において、盛運期年の人が7名(北川・中川・猪口・額賀・小池・杉浦)衰運期年の人が7名(麻生・二階・与謝野・沓掛・川崎・松田・小坂)そして上昇の閣僚が3名(中馬・安倍・谷垣)下降の首相(小泉)1名と言う運気です。また女性閣僚が2名(小池・猪口)選出されましたが、ともに本命三碧木星辰年生まれと言う運気盛んなる女性が、首相の両側に並び、首相の下降を上手に補充しています。

小泉首相の一貫した信念や改革行動は、今までにない手腕が国民に何がしかの期待感や希望をもたらして、多くの支持率を得て来たと思います。

第一次小泉内閣が誕生し、田中真紀子外相が外務省と対立し内紛が勃発した時が、大きな改革の断行の山場だったと思います。

4年半近く経過し大勝利しても遅きに失した感があります。この間に赤字国債は200兆円近く膨らみ700兆円を越えてしまいました。不良債権問題で優遇され続けている銀行は空前の利益を上げています。

そしてポスト小泉以降は景気の回復と言う声の元で、減税の撤廃や消費税の見直し等々の問題が発生して来ております。つまり小泉首相の改革は、外務省の内紛を田中外相と外務省官僚をお互いの「ケンカ両成敗」と言う解決法に小泉首相の真の手腕が見えたのです。

これから平成18年9月までの首相の任期において果たして国民は、改革と言う真の実態のない掛け声とパフォーマンス政策を容認し続けていくかです。

世界で「小さい政府」として成立しているのは米国と英国であります。そして「大きな政府」としては北欧の諸国があります。小さい政府とは自由主義経済の元で競争原理を基とした弱肉強食の社会です。大きな政府とは社会主義経済の元で官僚主導を基とした管理行政の社会です。

日本は明治以来、国主導の官僚主導が主となり成して来た国で、特に戦後の経済成長は国と官僚の主導の元で発展して来ました。しかし1990年代の東西冷戦消滅後において「国のあるべきかたち」が示されないままに現在に至って来ました。丁度、日本ではバブル景気から崩壊に至った頃であり、目先の問題に踊らされて、国のかたちをどう言うかたちにするかどころの話ではなかった訳です。

今、遅まきながら小泉首相の登場により初めて「この国のかたちがしっかりと国民に説明されないままで」その方向が、小さい政府に向かって改革されているのだと言うことを理解している所です。

日本人は曖昧な国民と言われますが、近年の歴代の首相から「国のかたちや国造り」の理念の説明は皆無と言ってよいくらい成されておりません。

後藤新平(関東大震災の復興時に現在の東京の「昭和通り」の道幅を広くし次世代に備えた人)のように市民の将来を思い政策を述べれば、大風呂敷と言われて酷評されます。近衛文磨元首相のように国民に圧倒的人気の高かった首相は、日米開戦への階段を駆け上がり、田中角栄元首相も国民の英雄的な人気の支持を受けながら、金権政治と称されて辞職します。

二人の背後には米国の策略陰謀に乗せられた面があるにせよ、目先の良否に一喜一憂する国民性のある事は今回の小泉郵政改革解散で大勝利した状況に相通じる要因と感じます。

戦後60年と言う節目の年に日本は岐路分岐に立たされています。「国造りのかたち」を政治家は示すべき時期が来ています。次回に続く。

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運勢とはどんなことか

2009年6月8日 月曜日

世間で「彼は(彼女)はどうしてあんなに運勢が良いのかしら」あるいは「自分はどうしてこうも運勢が悪いのか」と言って悲観している人がおります。

特に今の世の中、大きな社会機構の変革の中ではなおさらであります。

「彼は(彼女)は偉いから運勢が良い」とか「自分は頭の働きが鈍いから運勢が悪いのかも知れない」とか、どうも致し方がない等と言って、諦めてしまう人が多く聞く話しであります。

運勢と言うものは怜悧や無能によって左右されるものではありません。

運勢それには自ら天理天測と言うものがあって、常人にしてその法則に適した行動をとれば、運勢が良化して来るし、それに反すれば運勢は悪くなるのです。

運勢とは一言にして言えば、天理にかなった奮闘努力を言うのであってその力量如何によって善悪の軽重が定まって来るものであります。
その為、運勢とは車に物を満載して走る処の力量を指すことになります。その力量が大なればその結果も大きいし、極めて小なれば運勢が悪いと言う事になります。故に怠け者に成功はないのです。

人間生まれて成功せんとするならば、一瞬時たりとも怠け根性を起こしてはならないのです。「時は金なり」であります。

車に物を満載する象は坤の(南西方位)の二黒土精の祐気であります。
また物に耐ゆる力、一瞬時と停止する事無く走り続ける象は乾(北西方位)の六白金精です。

もし運勢を改善し良くしたいのであれば、二黒土精の致役による祐気と六白金精の剛健による祐気の活用を忘れてはならないのです。この理を無視しては、成功はないのです。

ひとつ注意しておきたい事は、成功とは単に大金持ちに成ることばかりでないのです。また如何に二黒土精・六白金精の精気祐気を活用したからと言って他力本願によるものでは駄目です。

二黒土精は自分を支えてくれる人たちの自然界の発動があり、六白金精は自分を認めてもらえる自然界の発動があるからです。

企業家としてあるいは事業主としての基盤を自然界から授かる器量が備わるからであります。二黒土精・六白金精の活用は一生涯の内に一度は活用する祐気実践であります。

祐気とりとは。 http://www.hiroro.jp/content/monthly/practical/

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運は金銭では買えない。

2009年2月13日 金曜日

この度のL&G(健康寝具販売会社の組織的詐欺事件)、および関西の女相場師詐欺事件で相次いで逮捕される事件が起こりました。

いつの時代にも偽装や詐欺商法・マルチ商法等が出て来ます。

運命学を利用して、物を原価の何十倍の価格で販売して、裁判沙汰を引き起こしている詐欺事件です。

運命学は人が人生を歩む上で、より豊かなる安心と立命への手段であり、方法論であり知恵を示す教示です。

運命という実体の不明確・不確実なる分野であるために、いろいろな説や指導法が生じます。

人は自分の運命を見てもらうと言うのが一般的な行動です。人は見かけの立派な人に見てもらったり、話上手な人に見てもらう事で安心してしまいます。そうして高価な品物を買わされて先祖の供養が果されたり、運が明日からでも良果して来る気になります。

運命学は自然界を手本として、自然界の輪廻観を説くものであります。

人の成功・幸福と物質的充実とは、必ずしも一致しません。また宗教の悟りと言う無限の世界と商売の道の有限の世界との真義は正反対であります。

宗教の基本的概念は「人間忘れ去られることこそ最上の成仏」と説かれており、商売の道は「忘れさせない」ことが原点であります。

これらの考え方は仏教や宗教を語る上で、また商売の基本を知る上で、心して行く基本思考であります。

人は相形にとらわれます。こうした「忘れさせない」と言う商道の手段が、運命と言う不明確さに相乗して。霊感商法・詐欺商法・マルチ商法等なる商道が生れて来たとも言えます。

運命学は自然の輪廻観を説く以上は商売であってはならない訳であり、その人の悩み苦しみ不安等の相談的な要因から、人生哲学の問題までも含めた要因である広い範囲ですが、運は決して金銭では買えないものであり、どれだけ自然界を手本として実践し意義ある人生にするかにあるのです。

欲心(目的を持つ)も大切でありますが、同じくらい無欲(委ねる心)も大切であります。

運命学を指導相談している人で、その人の欠点とか短所をことさら強く言う人がおりますが、そう言う人は運命学の基本すら知らない人であり、生きて行くため生活の向上に尽力する方法・良くなるための手段を指摘してくれる人が本義の指導相談人であります。

宗教家でも占いでも運命鑑定でもそうですが、人間の弱い部分・性格の欠点を突く人は本当にその人のためにと言うより、自分のために自分が生活とか人よりも欲深い場合が多いものです。

「立命安心」と言う言葉があります。立命とは命を磨くことであり、それが安心(幸福)なる道の努力であり、手抜きの人生を行えば手抜きの結果となります。

人生には無駄と言うことはなく、無駄と言う道中があり、至らぬ心があってこそ、人生は花咲くのであり、金銭や財産名誉によって、因縁浄化や開運は招来しないのであり、自らの手足体で実行しない限り決して手抜きでは出来ないのです。

実践した人には、次世代に生き様が継承されていく面があるのです。実践実行の道こそ運命学の基本姿勢であります。

近江商人の伝統信条に「三方よし」と言う考えがあります。

商人である為の基本として「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」と言う教えです。こうした商いをすることの大切さが日本の代表的「商人道」には存在していたのです。

今流に言えば「モラルなき企業に商売する資格なし」と言えるのです。

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