明治の隆盛期、日露戦争に勝利した海軍大将東郷平八郎氏に次のような逸話があります。
日本海々戦に勝利したのも、徳川幕府の家老小栗上野之介の創建の横須賀造船所があったからこそ、ロシアのバルチック艦隊を打ち負かす事が出来たと感謝し、小栗上野之介の指導に報恩と感謝を申し述べその折に進呈した額に「仁・義・礼・智・信」の儒教の五つの心を表す文字を贈ったと言います。
日露戦争のあった明治30年代は明治天皇と徳川15代将軍慶喜との和睦があり、日本の政府も余裕の生まれた年代であります。そして徳川家は天皇との主従の形を改めて確認して行く状態となったのです。
東郷平八郎大将の記された「仁・義・礼・智・信」の文字は孔子聖人の言葉であります。
「仁」とは(木精の道)人は二と画き、人は考える(知恵)と知ること(知識)を得る事で徳が生まれます。二とは天の道と地の道であり、天と地を知る事が仁の精神と言うことであり、実践する事で徳を生じます。
「義」とは(火精の道)羊のごとく我を穏やかに調えて、役割分担の中で柔順たれ、一途な心を持って努力することで徳が生じます。
「礼」とは(土精の道)豊かさを示す行動であり、「和・話・輪」の実践努力であり、和顔愛語・コミユニケーション・チームワークより徳が生まれてきます。
「智」とは(金精の道)太陽の慈悲なる精神、自然界の妙法や法則を知って、実生活に応用して活力を得ることで徳が生じて来ます。
「信」とは(水精の道)自らを信じ、自らを律し、自ら発動することであり、その実践により徳が生まれます。
そしてこの「仁・義・礼・智・信」の五つの道から生まれた「徳」です。
「恭」(うやうやしい)態度に慎みあること。
「寛」(おおらか)心が寛大であること。
「信」(まこと)言葉に嘘がないこと。
「敏」(さとい)物事の処理が機敏であること。
「恵」(めぐみ)めぐみ深いこと。
この五つの徳が「仁・義・礼・智・信」の実践によって会得する徳です。
そしてこの五つの道を貫く精神が「忠恕」と言うことです。忠恕の「忠」とは人に真心を尽くすと言うことであり、「恕」とは自分の心を推して人の心を察することであり、つまり忠恕とは相手の立場に立って思いやる心、あるいは相手の状態を理解する心とも言うことであります。
この東郷平八郎大将の示した儒教精神は多くの国民に感銘を与えました。また新渡戸稲造の著書「武士道」にもこの儒教精神は深く係わっています。